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Tag - 新羅王陵

聖德王陵

聖德王陵

こんにちは、慶州(キョンジュ)からウルサン(ウルサン)へ向かう7番国道沿いに新羅第33代の聖德王(702~737)を祭った聖德王陵と聖德王陵龜趺があります。聖德王は、世遺遺産・仏国寺と石窟庵をつくった新羅35代の景徳王の父王に当たり、国立慶州博物館の庭にぶら下がっている聖德大王神鐘も景徳王が父王の聖德王を供養するために作られたものと伝わっています。 吐含山の西にある兄弟峰の東南丘陵部のはずれに位置する聖德王陵は、周り46 メートル、直径14.5 メートル、高さ4.5...

金庾信将軍墓

金庾信将軍墓

古代の韓半島は、北部には高句麗、南西部は百済、南東部の新羅が対立し、7世紀まで、領土争いの激しい戦争が繰り返されたのですが、太宗武烈王(金春秋(キム・チュンチュ))7年、金庾信(キム・ユシン)は、中国の唐と連合して百済を滅ぼし、文武王8年(668)には高句麗を併合させ、中国の唐も韓半島から追い出して三国統一を成し遂げるようになります。 このように半島の三国統一に大きな役割を果たし、死後、興徳王(在位:826年 –...

大陵苑・天馬塚

大陵苑・天馬塚

最も大きい規模を誇る新羅時代の代表的な古墳公園である大陵苑・天馬塚 慶州市市内の皇南洞に位置する大陵苑は、木槨の上を大人の頭ほどの丸々の川の石を高く積み上げ、その石が崩れ落ちないように土で固めた4世紀~6世紀の新羅時代の典型的な積石木槨墳が集まっている慶州の代表的な古墳公園です。...

脫解王陵

脫解王陵

新羅4代の脫解王陵(ソッタルヘワンヌン)であり、新羅建国に纏わる由緒の深い遺跡地です。 こんにちは、釜山(ブサン)から車で1時間ほどの場所にある慶州(キョンジュ)は紀元前57年に建国し、1000年ほどの古い歴史を誇る新羅(シンラ)の王都であり、その新羅を統治した王は56名がいました。...

奈勿王陵

奈勿王陵

新羅の古代国家としての基盤を作り上げた新羅第17代王の王陵 こんにちは、新羅千年の都、慶州市内に2000年12月ユネスコから世界文化遺産に指定された五つの慶州歴史遺跡地区のうち、新羅の王、王妃、貴族たちが眠っている小高い古墳が山々のように密集している大陵苑地区と、かつての新羅当時の王宮だった月城地区が見事に現在まで古代国家の栄枯盛衰を物語っていますが、西月城の丘陵を降りたところに新羅第17代国王、奈勿(ネムル)王(在位356~402)の古墳があります。 直径22メートル、高さ5...

掛陵

掛陵

まるで王陵を護るように並んでいる8体の石像と王陵の周囲を囲む十二支神像は現存する新羅王陵の中で、彫刻技法がもっとも優秀であると言われる掛陵(クェルン)は、新羅第38代の元聖(ウォンソン)王の陵墓だと推定されています。 陵を掛けるという意味を持つ掛陵(クェルン)は、王陵を造成する場所に小さな池があってそこを埋め立てて陵を造りましたが、陵の内部に水が染み込むために高いところに棺を掛けて陵を造ったということから来由されました。...