• メニュー
  • メニュー

Tag - 新羅古墳

聖德王陵

聖德王陵

こんにちは、慶州(キョンジュ)からウルサン(ウルサン)へ向かう7番国道沿いに新羅第33代の聖德王(702~737)を祭った聖德王陵と聖德王陵龜趺があります。聖德王は、世遺遺産・仏国寺と石窟庵をつくった新羅35代の景徳王の父王に当たり、国立慶州博物館の庭にぶら下がっている聖德大王神鐘も景徳王が父王の聖德王を供養するために作られたものと伝わっています。 吐含山の西にある兄弟峰の東南丘陵部のはずれに位置する聖德王陵は、周り46 メートル、直径14.5 メートル、高さ4.5...

慶州金尺里古墳群

慶州金尺里古墳群

KTX新慶州駅から慶州市 乾川邑(コンチョンウッ)方面へ 向かう平地に大小30余あまりの新羅時代の古墳が集まっています。本格的な発掘調査は行われていませんが、1952年に破壊された古墳2基を調査しましたが、平地に木の部屋を作り、その上を川から拾ってきた丸い小石を積み上げて粘土で固め、外側を丸く盛り土した新羅特有の積石木槨墳と言うことが確認されました。 金製のイヤリングや曲玉、銀製の帯などが出土され、慶州中心部に分布している5世紀~6世紀ごろに造成された大きい古墳よりその規模が小さいことから身分の低い新羅の貴族の古墳と推定しています。...

慶州獐山土偶塚

慶州獐山土偶塚

ハニワが出土された統一新羅時代の古墳 慶州市の太宗武烈(29代、654~661)王陵からKTX新慶州駅方面へ約2キロほど離れている海抜114メートルの獐山(ジャンサン)南東の丘陵末端部に位置する統一新羅時代の古墳です。発掘調査で人や獣の形を粘土で焼いた埴輪が発見されて、土偶塚と呼んでいます。統一新羅時代につくられた橫穴式石室墳で封墳の直径は10メートル、高さ7メートルである獐山土偶塚は、遺体を置く屍床台が東西方向に置いてあります。東側には頭を固定させる石の枕があり、西側には足を支える足座があります。...

大陵苑・天馬塚

大陵苑・天馬塚

最も大きい規模を誇る新羅時代の代表的な古墳公園である大陵苑・天馬塚 慶州市市内の皇南洞に位置する大陵苑は、木槨の上を大人の頭ほどの丸々の川の石を高く積み上げ、その石が崩れ落ちないように土で固めた4世紀~6世紀の新羅時代の典型的な積石木槨墳が集まっている慶州の代表的な古墳公園です。...

慶州路東里・路西里古墳群

慶州路東里・路西里古墳群

慶州市外バスターミナルから徒歩10分ほどの場所にある慶州路東里・路西里古墳群は、綺麗に整えている大陵苑(テヌンウォン)と違い、こんもりとした小高い丘のようにみえる古墳が未だに慶州市民たちの家々と軒を並べながら大陵苑の後門から5分距離にあります。大陵苑の後門の向う側にある鮑石路を中心にして東西に広がり、新羅歴史の流れの中でその姿を残しています。 慶州路東里古墳群(史跡第39号)...

天馬塚、全面改修工事に入り、来年再開館予定

天馬塚、全面改修工事に入り、来年再開館予定

慶尚北道 慶州市によると、2017年9月中旬から6ヵ月間にわたり、慶州の人気観光名所である天馬塚の全面改修工事を行うため、当分古墳の見学が制限される予定である。
1973年に初めて発掘調査され、1976年6月に一般に公開された天馬塚は、直径47メートル、高さ12.7メートル規模で、新羅5世紀後期から6世紀初期に造られた新羅時代の代表的な古墳である。
慶州市内に散在されている新羅の大型古墳のひとつである天馬塚は、155号古墳として、馬の脇腹につけた泥除けとして使われた遺物が発掘されて天馬塚という名称を得た。