2019年6月20日
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Tag - 倭城

子城台公園

子城台公園

こんにちは、釜山地下鉄1号線の凡一駅の2番出口から徒歩10分ほどの場所にある子城台公園は、文禄・慶長の役(壬辰倭乱、1592~1598年)の際に築城された倭城の址を釜山市民たちの憩い場として造成された都心公園です。子城台公園には、1974年に造った建春門(ゴンチュンムン)、金壘關(グムルクァン)、鎮南台(ジンナムデ)と共に、文禄・慶長の役に築かれた二段の日本式の城壁が残っています。...

梁山倭城

梁山倭城

梁山市の梁山タワーから車で10分ほどの場所にある梁山倭城 この集落をまっすぐ登っていくと梁山倭城があります。 釜山市の西部に流れている洛東江の下流には、豊臣秀吉の「文禄・慶長の役」の時に築城された倭城がいくつか残っていますが、洛東江の本流と梁山川の支流が合流するところに1597年、日本軍が明との和平交渉中に築造し始め、その翌年に毛利輝元(もうり てるもと)と小甲川秀秋(こばやかわ ひであき)によって完成された勿禁甑山里倭城(梁山倭城・ヤンサンウェソ)があります。この城は、1598年3月13日に豊臣秀吉の命を受けて釜山の加徳倭城へ移陣するまでの短期間だけ使われたお城です。...

泗川船津里倭城

泗川船津里倭城

慶尚南道(キョンサンナムド)には、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に朝鮮水軍を率いて活躍した李舜臣(イ・スンシン)将軍の遺跡地があちこちに残っていますが、壬辰倭乱(文禄の役)三大大捷の一つに数えられている「金時敏の晋州の戦い」があった晋州市から15キロほど南下したところには、慶長の役(二度目の朝鮮出兵、1597年)の時に日本軍が西部の慶尚南道と全羅道を攻略するために築城した泗川船津里倭城があります。 復元されている倭城の城門...

固城倭城

固城倭城

かつての面影が薄くなりつつある固城市内の固城倭城 駐車場の倭城の城壁から見つかった巨大な石材 釜山から約2時間ほどの場所にある固城郡は、固城恐竜博物館などがあり、子供たちにも人気のある町ですが、慶長の役が勃発した1597年に築城された順天倭城や蔚山倭城、泗川船津里倭城などの八の倭城のうち、立花宗茂(タチバナムネシゲ)らが築城した固城倭城の一部の城壁が固城郡庁の裏側の住宅街に残っています。 当時の固城邑城を改築して築城された固城倭城には、7,000人ほどの日本軍が駐屯していたようですが、今は昔の面影はほとんどなく、住宅開発などによる住居用の空間として使われています。...

金海竹島倭城

金海竹島倭城

金海平野や洛東江などが一望することができる場所にある倭城 こんにちは、釜山西部を流れる西洛東江の江辺にある竹島倭城は、釜山市 江西区 竹林洞 駕洛山に位置して、 駕洛城または、竹島城と呼ばれています。竹島は、この山に竹がたくさん生えていて、名付けられたもので今も竹が山全体を覆っています。ここは、もともと金海の地でしたが、1989年、釜山市 江西区に編入された地域です。 文禄の役の際、加藤清正を主将とする日本軍二番隊の武将として参加した鍋島直茂(なべしま...

加德倭城

加德倭城(訥次倭城)

こんにちは、釜山西部に位置する加德島は、昔、釜山と南海岸をつなぐ軍事的な要衝地として重要な位置を占めていた島でした。加德島の北にある標高70メートルの小高い山の頂上には文禄2年1592年に起きた文禄の役の際、6番隊の主将として出陣した小早川隆景らが1593年9月に築城したお城があります。加德倭城は加德水道を挟んで熊川倭城と安骨倭城があり、この三つの倭城が港湾を守備するとともに南海岸から進む朝鮮水軍を抑えていました。...

亀浦倭城

亀浦倭城

釜山西部、亀浦市場の付近に位置している倭城 こんにちは、港町釜山は古くから海の玄関口として大きな役割を果たしていますが、かつての豊臣秀吉による朝鮮出兵第一陣の小西行長らが釜山に上陸し、文禄の役が始まった町でもあります。そのときに築城された倭城が釜山海岸にも何箇所かありますが、洛東江を境に金海市と向かい合っている亀浦にも倭城があります。倭城は釜山の庶民派市場として、商人や買い物客たちで賑わう亀浦市場の付近に位置しています。...

熊川安骨倭城

熊川安骨倭城

釜山加徳島の手前に位置し、鎮海の熊川倭城から約5キロほど離れている倭城! こんにちは、文禄の役の際、小西行長が長期間にわたって駐屯した熊川倭城から東南へ直線距離で約5キロほど離れている安骨倭城 は、城壁の長さ594メートル、高さ4〜7メートル、城内の面積は約16,529m²(5000坪)程度のお城であり、外郭部には土のお城の痕跡が残っています。...

熊川倭城

熊川倭城

山裾へ伸びる城郭 こんにちは、釜山から西へ車で約1時間ほどかかる昌原市 鎮海区は、毎年4月になると韓国最大の桜祭り「鎮海軍港祭」が開催される海軍基地がある街ですが、あの鎮海に16世紀に築城された日本のお城があります。熊川倭城は鎮海市内から13キロほど離れている海抜184メートルの南山の頂上に本丸の天守閣を置き、山麓に沿って二の丸・三の丸が整然と配置され、陸地からの保護のために南に長い羅城を巡らせました。城内面積は1万7,930㎡であり、城壁の高さは3~8mに達しましたが、現在、高さ2メートル、長さ700~800メートルほどの城壁が残っています。...

釜山港が一望できる釜山浦倭城

釜山浦倭城

豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、初の戦いが繰り広げられた釜山浦倭城 頂上部の本丸は甑山公園になっており、東側の石垣上には図書館があります。 釜山港が見下ろし、日本対馬が見渡せる標高130メートル程の甑山公園に位置する日本のお城です。15世紀、倭寇から釜山浦を防衛するための朝鮮の釜山鎮城がありましたが、1592年4月13日、釜山浦に上陸した豊臣秀吉の朝鮮出兵第1陣の日本軍により陥落され、その場に毛利輝元と毛利秀元によって倭城が築城されました。1598年豊臣秀吉の死後、日本に撤退するまで日本対馬から戦争物資などが送られてきた釜山拠点のお城として使われました。...