2019年4月25日
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石碑

瑞山 普願寺址

忠淸南道 瑞山市 雲山面に位置する普源寺址は、百済時代と高麗時代に至る仏教の遺物が多数発見された寺院です。高さ4メートルの幢竿支柱(宝物第103号)と五重の石塔(宝物第104号)、石槽(宝物第102号)、法印国師宝乘塔(978、宝物第105号)、塔碑(宝物第106号)などがその時代を物語るように残っています。 普遠寺址から出土された金銅如来立像は、6世紀半ばの制作とされており、高麗時代の鉄造如來坐像、鉄仏座像はそれぞれ国立扶余博物館と国立中央博物館に保存されています。 スポット名瑞山 普願寺址서산 보현사지住所忠淸南道 瑞山市 雲山面 龍賢里 105충청남도 서산시...

丹陽新羅赤城碑

大邱と江原道を結ぶ中央高速道の丹陽サービスエリアの裏山に位置する丹陽赤城碑は、新羅の真興王(24代、534年 – 576年)時代に異斯夫(イサブ)をはじめとする新羅の将軍たちが王命を受けて高句麗地域であった赤城を攻撃し占領しました。真興王は新羅軍を助けて功を立てた赤城出身のヤイチャや家族などの周囲の人物を賞して赤城地域の住民たちを慰めるために丹陽赤城碑を建てました。 高さ93センチ、国宝第198号、545-550年に作られたと推定する丹陽赤城碑は真興王が6世紀中期に高句麗から南漢江の上流地域を確保して刻まれた記念碑です。...

迎日冷水里古墳/迎日冷水里新羅碑

新羅時代から重要な交通路であった慶州市 安康方面から東海岸に向かう通り道に位置する冷水里(ネンスリ)古墳は、6世紀前半につくられたと推定する新羅時代の古墳です。古墳群が分布している神光面(シングァンミョン)一帯は慶州勢力の東海岸への進出の拠点とした勢力と関連のある多数の遺跡が残っています。 冷水里古墳はソウル漢江の南で発掘調査された橫穴式石室墳としては最大級の規模であり、封墳は高さ約7メートル、直径25メートルで主室と副室があるユニークな内部構造をもつ古墳です。管装飾・金の指輪など多くの遺物が出土され、この地域の支配層の古墳と推定しています。...

萬玉亭公園(新羅真興王拓境碑)

新羅時代の遺物などの文化財が多い由緒深い公園こんにちは、昌寧公園とも呼ばれている萬玉亭公園は、面積1万平方メートルの規模の小さい都市公園ですが、各種文化財と春の桜の景色で有名です。約250年前に萬玉亭という東屋があり、そこで春になると名唱大会とぶらんこ乗のり大会が催されたと伝わる由緒深い公園です。 公園の後ろの丘の上にある「新羅真興王拓境碑(国宝33)」は、新羅の第24代の王である真興王22年、561年に建立されたと推定される韓国内で最も古い碑石です。火旺山麓で偶然に発見されたこの碑石を1924年にこの公園に持って来ました。 新羅真興王拓境碑は、高さ1.78メートル、幅1...

蔚珍鳳坪新羅碑展示館

美しい蔚珍・竹邊港の近所に位置する蔚珍鳳坪新羅碑展示館は、新羅23代の法興王11年に建立された蔚珍鳳坪新羅碑を展示している展示館です。1988年偶然に発見されたこの碑石には、総398ほどの文字が刻まれており、特に6世紀初頭の新羅の地方社会や制度を知る貴重な遺物です。 蔚珍鳳坪新羅碑展示館 展示館の裏側にある韓半島の形をしている庭園には各地域別に国宝級模型碑石が展示されています。 蔚珍鳳坪新羅碑...

忠州高句麗碑展示館

忠州高句麗碑展示館

こんにちは、1階建ての忠州高句麗碑展示館は、5世紀に高句麗が刻んだ高句麗碑を保存・展示するために2012年に開館されました。忠州は、高句麗の時期には国原城だったのですが、新羅がこの地域を取り戻した後に中原京に改称しました。中原高句麗碑の中原は、忠州市と中原郡に分離されていた時期に発見されたので、一般的に「中原高句麗碑」とも呼ばれたりもします。 韓国で内唯一に残っている高句麗の忠州高句麗碑は、高句麗の第20代の長寿王(在位:413年 – 491年)が南漢江流域にあった複数のお城を攻略して落とした後に建てた記念碑として知られており、1979年、忠清北道 忠州市...