2019年4月26日
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石塔

ヌムビボン五重石塔

ヌムビボン五重石塔 は、慶州南山のヌムビ峰の頂上の花崗岩を切り出して石塔の下層基壇にし、その上を細かく加工された石材を積み上げた統一新羅時代の石塔です。 この石塔の基壇は、ヌムビ峰の三角山の上に聳えている自然の岩を削って作られていますが、不足した基壇の石はあまり加工してない石材を使って自然半分、人工半分の基壇で完成されました。 おおざっぱに砕かれた基壇の石材は人工的な塔身と似合い、凸凹な基壇の自然の石は自然の岩山とよく調和をなし、石塔がまるで天に向かって聳え立ているように見えます。 慶州の新羅人たちは、山の頂上に石塔を建立して天に届くようにしました。...

瑞山 普願寺址

忠淸南道 瑞山市 雲山面に位置する普源寺址は、百済時代と高麗時代に至る仏教の遺物が多数発見された寺院です。高さ4メートルの幢竿支柱(宝物第103号)と五重の石塔(宝物第104号)、石槽(宝物第102号)、法印国師宝乘塔(978、宝物第105号)、塔碑(宝物第106号)などがその時代を物語るように残っています。 普遠寺址から出土された金銅如来立像は、6世紀半ばの制作とされており、高麗時代の鉄造如來坐像、鉄仏座像はそれぞれ国立扶余博物館と国立中央博物館に保存されています。 スポット名瑞山 普願寺址서산 보현사지住所忠淸南道 瑞山市 雲山面 龍賢里 105충청남도 서산시...

中原彌勒里三層石塔

新羅時代に慶尚道と忠淸道を結ぶ南北交通路の中心として活躍したハヌルチェの忠州​市・彌勒里の忠州彌勒大院址の石窟寺院から東側に500メートルほど離れたところにある高さ3.3メートルの新羅様式を充実に従った素朴な高麗初期の三重石塔です。

スポット名中原彌勒里三層石塔중원미륵리삼층석탑住所忠淸北道 忠州​市 上芼面 彌勒里 58충청북도 충주시 상모면 미륵리 58電話番号043-848-5508詳細情報高麗時代/충청북도 유형문화재 제33호

安東駅

安東駅・東部洞5層塼塔

安東市の宿泊施設や食堂などが周辺に揃っている安東駅 こんにちは、韓国儒教の故郷とも言われる慶尚北道(キョンサンプット)安東(アンドン)市は、李氏王朝の伝統的な瓦葺や藁葺きの屋根が軒を連ねる世界遺産・安東河回村(アンドンハフェマウル)をはじめ、屛山書院(ビョンサンソウォン)、陶山書院(トサンソウォン)など、李氏王朝の儒教文化が栄えた町として、現在、韓国人はもちろん、日本からも多数の観光客が訪問しています。...

茸長寺址

茸長寺址 三層石塔

茸長寺址 三層石塔 南山(ナンサン)は新羅(シンラ)人たちに1千年という長い間に神聖化され、仏国土だと思ってきた山である。 釜山から約1時間走ったところに1000年という古い歴史と昔の先祖の息吹が未だに感じられる都がある。韓国の秀麗な曲線美を最大に生かして作られた韓国伝統の瓦葺の屋根をシンボルにしている慶州トールゲートを潜ればたちまち世界が変わり、目の前にはいにしえのたたずまいが広がる。そこで旅人は千年の歴史が刻まれている都に触れ、新羅(シンラ)と出会って語り合うことになる。...

慶州陵只塔址

慶州陵只塔址

慶州慶州市内から蔚山に向かう7番国道の傍らに位置する海抜104メートルの狼山の中心部に新羅27代の善徳女王の王陵があり、あの狼山の北西裾に新羅30代の文武王(661~681)の火葬場だと伝わる高さ4.49メートルの陵只塔があります。現在の2重の塔は、1979年に基壇部を建て直し、上層部を推定して復元されてものです。本来は石塔の基壇の四方には武器を持ち、甲冑を着ている十二支神像を刻め、その上を蓮華の文様の石材を築き上げた5重の塔ではないかと推定しています。...