2019年4月26日
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百済古墳

ソウル石村洞古墳群

百済初期に造成された高句麗式の百済積石塚  ソウル地下鉄8号線の蚕室(チャムシル)駅から一つ目の駅である石村(ソッチョン)駅の7番出口を出て徒歩10分以内の場所にあるソウル石村洞古墳群は、百済がソウルの漢江流域に都を定め、百済初期に造成された高句麗式の積石塚です。この一帯は1916年、調査当時には90基ほどの多くの積石塚と土坑墓が分布しており、「石村」という町の名前も積石塚が多いということから由来されました。...

清州百済遺物展示館

清州百済遺物展示館

忠淸北道 淸州市に位置する史跡第319号の清州シンボンドン百済古墳群の近くに設立された百済遺物専門展示館です。1999年に着工し、2001年11月29日に開館した百済遺物専門展示館は、1982年から1996年までシンボンドン一帯百済古墳群から発掘された土器と馬具·鉄器·剣などの遺物900点余りを展示しています。 清州シンボンドン百済古墳群は、4-6世紀代の百済古墳群が密集・分布する地域で、今まで6回の発掘調査を通じて韓国中部圏最大の百済古墳群として知られています。 基本情報 スポット名 清州百済遺物展示館 청주백제유물전시관 住所 忠淸北道 淸州市 興德区...

羅州大安里古墳群

羅州大安里古墳群

国立羅州博物館の近所にある三国時代の古墳 羅州大安里(デアンリ)の東に位置する紫薇山(ザミサン)から西につながる低い丘陵に分布している12基の三国時代の古墳です。 大安里古墳群には、4号墳のように7世紀の百済石室墳もあり、日本の古代古墳に流行った周溝(古墳の周りの溝)のある大型古墳の9号墳は、栄山江流域に分布している前方後円の古墳と一緒に栄山江流域の古墳文化が日本の古墳文化に深い影響を与えたことを示しています。...

宋山里古墳群(武寧王陵)

宋山里古墳群(武寧王陵)

538年泗沘(サビ)(現在忠清南道の扶余(ブヨ)郡)へ遷都するまでの64年間、百済首都だった熊津(ウンジン・現在忠清南道の公州(コンジュ)市)に造られた百済時代の王や王陵が眠る宋山里(ソンサンニ)古墳群 朝鮮三国の一カ国だった百済が475年、ソウルの漢城から熊津(ウンジン)(現在忠清南道・公州(コンジュ)市)に南下し、さらに538年泗沘(サビ)(現在忠清南道の扶余(ブヨ)郡)へ遷都するまでの王都として知られている公州(コンジュ)には、64年間、百済首都だった熊津(ウンジン)時代に造成されたと伝わる百済王陵・宋山里(ソンサンニ)古墳群があります。...

ソウル芳夷洞古墳群

ソウル芳夷洞古墳群

ソウルの漢江流域にある百済初期と新羅時代の墓が集った古墳群 こんにちは、ソウルロッテワールドやロッテワールドタワーなどが位置する蚕室(チャムシル)から東南へ約1.8キロの場所に三国時代の古墳群があります。古代国家の百済初期の都城があったと推定している松坡区の芳夷洞一帯の丘陵地帯に広がる「ソウル芳夷洞古墳群」は、8基の古墳があり、市民たちが散策できるように綺麗に整備されています。...

扶余陵山里古墳群 / 百済王陵苑

扶余陵山里古墳群 / 百済王陵苑

扶餘陵山里古墳群は、扶余市内から東へ約3キロくらい離れた百済泗沘(サビ)都城を敵から防御するために築造された羅城の外側にある百済王族の古墳群です。 入場料を支払って陵山里古墳群の正門に入り、右側へ行くと昔ながら泗沘(サビ)時代(538年~660年)の百済王族が眠っている陵山里古墳群が目に迫ります。 扶余陵山里古墳群 / 百済王陵苑 古墳は、陵山里山の南方の傾斜面のふもとに前後2列に3基ずつ並び、その上に1基があって、全部7基が残されています。古墳6号までは日帝時代に調査されましたが、7号は1971年補修工事中に偶然に発見されました。...