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新羅石仏

居昌 陽平里 石造如來立像

統一新羅の末期に作られた背の高い仏様 居昌郡市内から東の端に位置する陽平里の老惠村(ノヘマウル)。昔、ここには老惠寺(ノヘサ)または、金陽寺(グムヤンサ)というお寺があったと伝わっています。礎や石灯などの遺構だけが残っているお寺の址には背の高い仏様が立っておられます。全体の高さ3.7メートルの統一新羅時代の仏像(石造如来立像)が千年以上の歴史を持ったままこちらにに立っています。...

衆生寺

衆生寺

慶州狼山の西北端に位置する衆生寺は新羅30代の文武王の火葬場である陵只塔から北へ約200メートルほど歩いたところにある新羅時代のお寺です。 1940年代、衆生寺の旧跡に建てられた現在の衆生寺には宝物第665号として指定されている磨崖菩薩三尊座像があり、慶州国立博物館の野外に展示されている観音菩薩立像、十一面観音菩薩立像などの遺物が出土されて当時は大寺院であることが推定されます。 13世紀末に高麗の高僧一然によって書かれた三国遺事にも登場する衆生寺から西へ30メートルほどの場所に大きな岩に刻まれた磨崖菩薩三尊座像があり、広い庭は傍らには石塔の副材などが並べられています。...

掘仏寺址

掘仏寺址

慶州の北側の小剛山の麓に位置している掘仏寺址の四面仏は、統一新羅時代に刻まれた高さ約3.5メートルの大きな花崗岩の岩に様々な仏像を刻んだ「四面仏」です。 「三国遺事」による掘仏寺は、仏国寺を創建した新羅第35代の景徳王様が栢栗寺(ペンリュルサ)に訪れようとする時、掘仏山の下から念仏を唱える音が聞こえてくることに気がついてそこを掘り出したら四面に仏像が刻まれている大きな岩が出てきました。そこで、仏像が出てきた場所にお寺を建設し、お寺の名前を掘仏寺だと名付けるようになりました。...

慶州西岳里磨崖石仏

慶州西岳里磨崖石仏像

慶州市の西側に太宗武烈王陵(新羅29代王)と古墳群が位置した三角形の山が仙桃山(ソンドサン)です。新羅人の人々は、仙桃山の頂上付近を西方浄土と考え、ここに阿弥陀三尊仏を刻みました。 彫刻しにくい安山岩に高さ6.85メートルの如来立像を陽刻し、左側には宝冠をかぶって浄瓶を持っている観世音菩薩(高さ4.55メートル)が、右側には大勢至菩薩像(高さ4.62メートル)が優しく微笑んで立っています。彫刻の手法からみて統一新羅の7世紀頃の作品と推定しています。二体の脇侍菩薩像は他の場所から持ってきた花崗岩で刻まれました。 区分: 宝物第 62 号 時代: 統一新羅時代初期の仏像...

慶州 菩提寺

慶州 菩提寺

ボリュームのある統一新羅時代の石仏が美しい! 世界的な文化遺産が街のあちこちで見かけることができる慶州ですが、釜山とソウルを結ぶ京釜高速道路の慶州の料金所を通過した右側に新羅時代から信仰されてきた500メートル弱の南山(ナムサン)があります。 あの山には新羅時代の息吹が感じられる石仏像や石塔、古墳などが山の隅々にたくさん残っており、新羅時代の仏教遺跡を求めて山登りをする場所としても有名な山です。 南山の東の山麓に世界遺産である石窟庵の石仏とほぼ同時代に造成されたと伝わる4.36メートルの慶州 南山 弥勒谷...

骨窟寺

骨窟寺

新羅千年の古都、慶州の代表的な仏教遺跡地といえば、世界文化遺産である南山、吐含山の仏国寺と石窟庵などがありますが、慶州の中心部から東海岸の方面に約20キロほど離れている含月山の裾に韓国唯一の石窟寺院と呼ばれる骨窟寺(コルグルサ)があります。 新羅仏教が繁栄した6世紀頃、インドから来た聖人光有和尙の一行が自国の寺院様式を踏まえて創建された骨窟寺(コルグルサ)は、掘りやすい石灰岩の一番の上に浮彫に刻まれた高さ4メートル、幅2.2メートル程度の磨崖如来佛(宝物第581号)と仏像をまつった12石窟を掘って、独特な伽藍配置をした石窟寺院です。  ...