2019年4月26日
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新羅寺院

四天王寺址

四天王寺址

史跡第8号。新羅が三国を統一した後、最初に建てられた双塔伽藍の護国寺院。寺址から出土された綠釉四天王像塼(国立慶州博物館)は、当時最高の彫刻家でした良志(ヤジ)の作品として知られています。 新羅の王宮だった半月城の東南に、高さ115mの狼山 (낭산)南麓に位置しています。この狼山(낭산)には新羅第27 代善徳女王陵と義湘大師(의상대사)が出家して頭を丸めたところで有名な皇福寺址、新羅第30代の文武王の火葬場として知られている陵只塔など、多くの新羅時代の遺跡が散在しています。...

興輪寺

慶州興輪寺址

釜山から車で北へ1時間ほど走らせた場所に位置している慶州は、千年間続いた新羅の都として仏教遺跡があちこちに残っていますが、高速道路から慶州へ入る入り口から慶州市外バスターミナルへ向かう通り道の傍らに新羅の最初の仏教寺院と推定している興輪寺(フンリュンサ)があります。 新羅の始祖、 朴赫居世(パクヒョッコセ)をはじめとする新羅建国期の王たちが眠る5つの陵墓が集まっている五陵(オルン)の北側に位置する興輪寺は、新羅の貴族の異次頓(イチャドン)の殉教後、527年新羅は仏教を公認することになり、544年(真興王5年)に創建されたと伝わる新羅最初のお寺です。...

皇龍寺址

皇龍寺址

皇龍寺は、新羅真興王14年(553)に創建されて高麗高宗25年(1238年)の蒙古軍の侵攻によって焼失されるまで700年も続いた新羅最大の護国寺院です。特に、真興王35年(574)に鋳成された金銅三尊丈六尊像と善徳女王14年(645/新羅27代)に建立された九層木塔は、真平王の天賜玉帯と共に新羅三寶として知られています。 「三国史記」と「三国遺史」による皇龍寺の創建は、553年(真興王14年/新羅24代)に慶州月城(新羅の宮殿)から少し離れた東に新しい宮殿を建てようとしていたところに黄色い龍(皇龍)が現われたために宮殿造営をやめて皇龍寺という寺院を造り始めました。...

芬皇寺

芬皇寺

新羅第27代善徳女王3年(634年)に建立された芬皇寺(プナンサ)は、歴史が古い芬皇寺に沢山の遺物があったと推定されていますが、モンゴルの侵略と豊臣秀吉の朝鮮出兵の際にほとんどが破壊されて今の芬皇寺は大人の背ぐらいの高さの石垣に囲まれて石塔の上部だけがみえる小さな寺院となりました。 境内は唐から来た使臣と3匹の龍に纏わる千年以上使用されていた「三龍変魚井」と呼ばれる八角形の古い井戸と国宝第30号で指定されている三層石塔(模伝石塔)、高さが3.7メートルの花崗岩で作られた2本の幢竿支柱、上部が日本式に改造された石燈、高さ3...

淨惠寺址十三重石塔

淨惠寺址

玉山書院の付近にある統一新羅時代の十三重石塔 こんにちは、李氏王朝の代表的な儒学者の一人である李彦迪先生の故郷でもある世界遺産・慶州良洞民族村とセットになっている玉山書院から西北へ約2キロほど離れたところに国宝40号の十三重石塔があります。統一新羅時代の8世紀頃に建てられたと伝わる淨惠寺址十三層石塔は、土で築き上げた1段の基壇の上に13層の塔身となっていますが、石塔の高さが5.9メートルに過ぎない韓国でも類を見ない変わった石塔です。...

骨窟寺

骨窟寺

新羅千年の古都、慶州の代表的な仏教遺跡地といえば、世界文化遺産である南山、吐含山の仏国寺と石窟庵などがありますが、慶州の中心部から東海岸の方面に約20キロほど離れている含月山の裾に韓国唯一の石窟寺院と呼ばれる骨窟寺(コルグルサ)があります。 新羅仏教が繁栄した6世紀頃、インドから来た聖人光有和尙の一行が自国の寺院様式を踏まえて創建された骨窟寺(コルグルサ)は、掘りやすい石灰岩の一番の上に浮彫に刻まれた高さ4メートル、幅2.2メートル程度の磨崖如来佛(宝物第581号)と仏像をまつった12石窟を掘って、独特な伽藍配置をした石窟寺院です。  ...

祇林寺

祇林寺

慶州東海岸に位置する新羅27代の善徳女王時代に建立された韓国33観音聖地 統一新羅時代の宗教と芸術と技術が見事に調和を成していると言われる仏国寺と共に世界遺産として指定されている石窟庵を鑑賞してから末広がりの山裾に沿って東海の方へ30分ほど車を駆ればキリムサ(祇林寺)に出る。 漸く辿り付いたキリムサ(祇林寺)の駐車場は思ったより広くてよく整備されていたので少し驚く。駐車料と入場料を支払い、お寺に向かう小道に入ると含月山のすそから吹いてくる涼しい風や水の音などで心の安らキさえ感じる。 宝物に指定されているキリムサ(祇林寺)の大寂光殿...

慶州獐項里寺址

慶州獐項里寺址

仏国寺と石窟庵が位置する吐含山から東海に繋ぐ大鐘川の上流の渓谷にあるお寺 こんにちは、慶州を代表する世界遺産・仏国寺と石窟庵が位置する吐含山の東南の渓谷には統一新羅時代の慶州獐項里寺址(キョンジュチャンハン二サジ、史跡第45号)があります。 寺址は大鐘川(デジョンチョン)の上流に位置する渓谷にあり、大鐘川は感恩寺址(カムンサジ、史跡第31号)の前方を通って文武大王陵(ムンムテワンヌン、史跡第158号)がある東海へ流れて行きます。 お寺の建立年代や寺名などは伝わっていませんが、獐項里(チャンハン二)の村の名前に因んで獐項里寺址(チャンハン二サジ)と呼んでいます。...

崇福寺址

崇福寺址

掛陵の元聖王のために建てられた寺院 慶州市内から蔚山に行く7番国道辺に新羅第38代の元聖(ウォンソン・785年~798年)王の陵墓だと伝えられている掛陵(ケリュン)がありますが、あの陵墓と深い関連のある寺院が掛陵から斜面の山道を約3キロほど上がった場所にあります。...

遠願寺

遠願寺

三国統一の英雄、金庾信が発願して建立された寺院 釜山市と製鉄の街、浦項市を結ぶ東海線の仏国寺駅から蔚山(ウルサン)方面へ約11キロ南の毛火駅(モファヨッ・廃駅)の近くまで行き、東の鳳棲山麓へ約3キロほど入った場所に三国統一の主役だった金庾信などが創建したと伝わる遠願寺(ウォノンサ)があります。 遠願寺は新羅神印宗を創始した明朗法師の弟子である安恵・郎融らが金信・金義元・金述宗らとともに中国の唐から仏力で新羅を守るために創建したお寺であり、新羅33代の聖徳王の時に築造された関門城が近くに位置していることから倭兵の侵入をおさえることを呪願する目的もあったと伝わっています。...