2019年6月20日
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新羅寺院

仏国寺の全景

仏国寺

華麗な新羅文化の歴史を髣髴させる世界文化遺産の寺院 慶尚北道 慶州市 吐含山の山裾に位置する仏国寺は、1995年石窟庵のとともに世界文化遺産として指定された韓国の代表的な寺院です。洗練された新羅芸術と新羅の仏教文化をそのまま語り伝える韓国の重要文化財として、境内全体が韓国の史跡及び、名勝地第1号として指定されています。 仏国寺の釈迦塔と多宝塔...

石窟庵

石窟庵は吐含山の中腹に白い花崗岩を組み合わせ、人工的に造成された人工の石窟で、インドや中国の石窟寺院の影響をうけたものです。仏国寺から吐含山頂上に約4キロ程度のぼった地点にある石窟庵は、国宝第24号に指定されており、1995年、仏国寺とともにユネスコ世界文化遺産に登録されました。 751年、新羅35代の景德王の時に着工され、完成まで30年という歳月がかかった石窟庵の中心部には高さ3...

仏影寺

名勝6号の仏影寺谷にある新羅千年の古代寺院 慶尚北道・蔚珍邑から西へ約20キロほどの場所に尼寺の仏影寺があります。天竺山の西のふもとに位置する仏影寺は、新羅の第28代の真徳女王5年(651)、義湘大師が山の形がインドの天竺山とよく似ていて現在の場所にお寺を創建し、仏に似ている山の上の岩がお寺の池に映るということから仏影寺と名付けられました。...

鳳停寺

鳳停寺

韓国儒教の街、安東市内から西北方面に約30分ほど離れている鳳停寺は、新羅672年(文武王(ムンムワン12年)、義湘大師の弟子である能人大師が修行のあと、道力で折り紙の鳳凰を作って飛ばしたら、この鳳凰が降り立ったこの場所にお寺を建てたことから鳳停寺と名付けられたと言われています。 鳳停寺は、朝鮮戦争(1950年~1953年)で多くの資料が消失しているため創建以後の寺院の歴史はほとんど伝わっておりませんが、1972年に行った極楽殿の補修工事の際に見つかった上樑文 (サンニャンムン、棟上げを祝う文)...

茸長寺址

茸長寺址 三層石塔

茸長寺址 三層石塔 南山(ナンサン)は新羅(シンラ)人たちに1千年という長い間に神聖化され、仏国土だと思ってきた山である。 釜山から約1時間走ったところに1000年という古い歴史と昔の先祖の息吹が未だに感じられる都がある。韓国の秀麗な曲線美を最大に生かして作られた韓国伝統の瓦葺の屋根をシンボルにしている慶州トールゲートを潜ればたちまち世界が変わり、目の前にはいにしえのたたずまいが広がる。そこで旅人は千年の歴史が刻まれている都に触れ、新羅(シンラ)と出会って語り合うことになる。...

衆生寺

衆生寺

慶州狼山の西北端に位置する衆生寺は新羅30代の文武王の火葬場である陵只塔から北へ約200メートルほど歩いたところにある新羅時代のお寺です。 1940年代、衆生寺の旧跡に建てられた現在の衆生寺には宝物第665号として指定されている磨崖菩薩三尊座像があり、慶州国立博物館の野外に展示されている観音菩薩立像、十一面観音菩薩立像などの遺物が出土されて当時は大寺院であることが推定されます。 13世紀末に高麗の高僧一然によって書かれた三国遺事にも登場する衆生寺から西へ30メートルほどの場所に大きな岩に刻まれた磨崖菩薩三尊座像があり、広い庭は傍らには石塔の副材などが並べられています。...