2019年3月22日
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倭城

16世紀、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に築城された倭城(韓国に残っている16世紀の日本の城)が西の全羅南道の順天倭城から東の慶尚南道の蔚山倭城までの韓国南海岸ベルトに30か所以上の倭城が残っており、16世紀の日本の城の研究に貴重な資料になっています。

西生浦倭城の登り石垣

西生浦倭城

釜山市と蔚山市の境にあり、韓国に残っている倭城のうち、お城の規模が最も大きく保存状態も優れた倭城 釜山市と蔚山市の境にある西生浦倭城(ソセンポウェソン)は、日本戦国時代に発展した日本築城術においても貴重な遺跡となり、多くの研究者が訪れているお城。この城は壬辰倭乱(文禄の役)の初期、1592年(宣祖25年)7月から1593年(宣祖26年)にかけて日本軍の加藤清正が監督し、石で築城した16世紀末の典型的な日本のお城です。...

順天倭城の天守閣

順天倭城

1598年(宣祖31年)、順天倭城に駐留した小西行長の日本軍と朝鮮と中国の明連合軍の激しい攻防戦が繰り広げられた城址! 倭城ツアー(順天と泗川倭城・晋州城)専用車 全羅南道順天の東南に位置する順天倭城は、慶長の役(1597年)の際、宇喜多秀家と藤堂高虎が全羅道を攻略、最後の防御基地として3ヶ月にわたって築城された倭城です。当時、小西行長が率いる13000余名の日本軍がここに駐屯しながら繰り広げられた朝鮮・明の連合軍との二度の倭橋城戦いは豊臣秀吉の朝鮮出兵の最後・最大の決戦だったと伝わっています。...

蔚山倭城

蔚山倭城(鶴城公園)

韓国代表的な工業団地である蔚山市内に位置する16世紀に加藤清正が築城したお城! 蔚山市内にある蔚山倭城(鶴城公園)は、1597年と1598年に加藤清正らと明・朝鮮の連合軍とのすさまじい攻防戦が繰りひろげられた倭城です。文禄・慶長の役に南海岸ベルトに数多くの倭城が築城されましたが、その中でも釜山から近い東海岸の端に築城された倭城です。...