2019年3月22日
  • メニュー
  • メニュー

史跡・名所

珍島海割れ祭り

珍島海割れ祭り

現代版のモーゼの奇跡と呼ばれている珍島海割れ祭りは、毎年3月~4月大勢の観光客が集まった中で珍島で開催されます。 2019年の海割れ 3月21日(木)~3月24日(日) 毎年、神秘の海割れを見に来る大勢の観光客で賑わう全羅南道(チョルラナンド)珍島郡(チンドグン)は、韓国の最西南端に位置し、釜山から車で約5時間30分くらいの場所にありますが、釜山西部バスターミナルでバスを利用すると全羅南道の光州と木浦でそれぞれ乗り換えが必要。日帰り観光は難しく珍島島内もしくは木浦(モッポ)で1泊するようなプランを立てたほうがよいですね。...

順天湾湿地

順天湾湿地(旧順天湾自然生態公園)

世界5大沿岸湿地のひとつとして指定されている公園 全羅南道の順天市南部に広がる順天湾は、韓国南海岸に発達した代表的な湿地です。干潟に広がる葦原とシチメンソウ群落、S字型水路が一体し、美しい海岸風景が素晴らしい景勝地です。 世界5代の沿岸湿地に数えられる順天湾は韓国沿岸湿地の中でも2006年国際湿地保護条約であるラムサール湿地に登録されました。 基本情報 スポット名 順天湾湿地(旧順天湾自然生態公園) 住所 全羅南道 順天市 大垈洞 162-2 전라남도 순천시 대대동 162-2 電話番号 061-749-6052 時間...

鳳停寺

鳳停寺

韓国儒教の街、安東市内から西北方面に約30分ほど離れている鳳停寺は、新羅672年(文武王(ムンムワン12年)、義湘大師の弟子である能人大師が修行のあと、道力で折り紙の鳳凰を作って飛ばしたら、この鳳凰が降り立ったこの場所にお寺を建てたことから鳳停寺と名付けられたと言われています。 鳳停寺は、朝鮮戦争(1950年~1953年)で多くの資料が消失しているため創建以後の寺院の歴史はほとんど伝わっておりませんが、1972年に行った極楽殿の補修工事の際に見つかった上樑文 (サンニャンムン、棟上げを祝う文)...

宮南池

宮南池(扶余 薯童公園)

扶餘市内から南へ約1キロほど離れている宮南池は、百済30代の武王(ムワン、生年不詳~641年)の時に造成された百済時代の池の庭園です。宮南池の西には1935年、石田茂作によって百済寺院としては最初に発掘された扶餘軍守里寺址があり、東には百済泗沘(サビ)の離宮址である扶餘花枝山遺蹟があります。 また、百済の武王と新羅の真平王の三女である善花公主とのラブストーリが説話として伝わる宮南池には7~8月に美しい蓮の花が咲き乱れ、毎年7月に「扶余薯童蓮祭り」が開催されます。 基本情報 スポット名 宮南池(扶余 薯童公園) 住所 충청남도 부여군 부여읍 동남리 117번지 忠淸南道...

馬耳山塔寺

馬耳山 塔寺

まるで馬の耳のように見えることから名付けられた東の雌馬耳山(678、メートル)と西の雄馬耳山(685メートル)の二つの岩山になっている馬耳山(マイサン)は、全州ビビンパブ発祥の地としても有名な全羅北道・全州(チョンジュ)から東へ約30キロほど離れた鎭安(チンアン)に位置しています。 オスの馬耳山とメスの馬耳山の間には小石を人の手で一つ一つ積み上げてつくられた無数の石の塔を伽藍に配置した塔寺(タプサ)があります。...

五台山国立公園 月精寺

月精寺

江原道 平昌郡の北部にある海抜1,563メートルの五台山国立公園(オデサンクンニッコンウォン)の南東側の谷間に位置する月精寺(ウォルチョンサ)は、643年、新羅(シルラ)の善徳女王(ソンドッヨワン)時代に創建されたお寺です。一柱門(山門)から本堂まで一キロほど続く自然豊かな杉の林道があり、そこを通り抜けたら天王門がありますが、そこの境内を入ると本堂にあたる寂光殿の前には高麗時代につくられた国宝第48号の八角九層石塔があり、近くにある聖宝(ソンボ)博物館には高麗時代の宝物第139号の石造菩薩座像(薬王菩薩像)などの重要な仏教文化財が展示されています。...

江陵臨瀛館三門

江陵臨瀛館三門(江陵客舍門)

江陵市内に位置する江陵 臨瀛館 三門は、高麗時代に建築された江陵客舍の門です。江陵客舍には臨瀛館をはじめ、いくつの建物がありましたが、1929年江陵公立普通学校を設立しながら、ほとんどの建物は撤去され、高麗時代のこの門だけが残りました。その後、江陵客舍門と呼ばれたこの門は、2014年、江陵 臨瀛館 三門に名称が変わりました。高麗末に建立された江陵客舍門は、現存する門のうち、最も古いものであり、江原道の建築物のうち、唯一に国宝(第51号)に指定されている文化財です。また、鳳停寺 極楽殿、浮石寺 無量壽殿、修德寺 大雄殿と肩を並べられる高麗時代を代表する木造建築物です。...

感恩寺址

感恩寺址

東海岸から攻め込んでくる倭寇から新羅を守ろうして建立されたお寺  感恩寺址の3重の石塔 新羅は高句麗と百済を破り、三国統一(668年)を成し遂げた新羅の第30代の文武王が新羅を倭寇から守るために鎭国寺を創建しようとしましたが、完成を目の前にして病でなくなりました。その子であった神文王が父王の偉業を称えるために鎭国寺を感恩寺という名に改めて父王がなくなった次の年てある682年に統一国家としての威容を見せ付けるためにこれまでなかった双塔一金堂伽藍様式の3重の石塔の寺院として完成しました。 文武王が眠っている東海の文武大王陵から車で約1...