2019年5月20日
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南原市

南原市

實相寺

実相寺

こんにちは、韓国のお寺といえば、山の中にある山寺を思い浮かびますが、韓国名山の智異山の天王峰(海抜1915メートル)が眺める広い田んぼの真ん中に静かに佇む実相寺(シルサンサ)は、新羅王朝の興德王3年(823年)、中国の唐から禅を学び、新羅に帰国した證覺大師が「座禅を通じて誰にでも悟りを得られるようになる」という禅宗の教えを広めた九山禅門の発祥地となっている寺院です。 九山禅門は、新羅後半に流行った山を根拠地にした禅の活動をした九つの禅寺のことを言います。 創建当時には大きな平地伽藍だった實相寺は、数回の火災にあい、現在の建物は李氏王朝の1884年に復元されたものです...

蛟龍山城

蛟龍山城

南原市内が一望できる稜線に沿って築造された蛟龍山城は、百済時代に築造されたものと推測する古代山城です。標高518メートルの蛟龍山にあるこの山城は百済が新羅の侵入を防ぐために築造されたものと考えていますが、現在、数少なく残っている石垣、南原市が百済圏であること、山城の築城技法により推測しています。全長約3,120メートルの包谷式山城である蛟龍山城は、高麗時代末と壬辰倭乱のときに戦闘もあり、城内に685年(新羅、神文王5)創建された善国寺があります。蛟龍山城は、全北記念物第9号に指定されており、蛟龍山国民観光地として南原市民が多く訪れています。 基本情報 スポット名 蛟龍山城...

南原邑城

南原邑城

南原には統一新羅時代のときに地方行政を担当した小京があり、それに相応しい城郭もあったようですが、1597年、丁酉倭乱の時に修理して大きく増築されたお城です。当時、全羅道を攻めようとした日本と朝明連合軍間の激しい戦闘が繰り広げられ、兵士と住民一万余名ほどが戦死し南原城は陥りました。南原​城から北西側には萬人義塚があり、今は郊外に移転された既存の南原駅からもっとも激しい戦いがあった北門が2014年発掘されて住民たちのために空間として利用される予定です。周り3.4キロ、高さ4メートルほどの​中国式の長方形の平城で、南原市内を囲んでいる城郭でした。 基本情報 スポット名 南原邑城...

萬福寺址

萬福寺址

こんにちは、韓国国立公園1号として人気のある海抜1915メートルの智異山国立公園の西部に位置する南原市内のすぐ傍に高麗時代の萬福寺址があります。朝鮮時代の地理書である新増東国輿地勝覧によると高麗時代の文宗王(1046~1083)のときに建立された萬福寺址​は、南原一帯では多くの僧侶たちが修行した大きなお寺だと伝わっていましたが、1597年、全羅道を攻めようとした豊臣秀吉の第二次朝鮮出兵のときに萬福寺​は火災で全焼され、現在は当時の五層石塔、​幢竿支柱などのいくつかの遺物だけが昔を物語っています。 萬福寺址幢竿支柱 宝物第32号 福寺址五重石塔 宝物第30号...